2003 12/14
イラスト 市川笙子さま
文 マリ子

夕暮れ −家路-

背に触れる手が温もりを伝える。
ふとした仕草に心が安らぐ。

パリとヴェルサイユを往復する毎日。
世の中は乱れ混迷を深める。
時として自分が分からなくなる。
どう生きるべきか。何を信じるべきか。
だがそんな事は分かるはずもない。
足掻きながら一日一日を精一杯生きていく。

見つめる優しい瞳。
それは穏やかでありながら何者にも揺るがない強い光を持っていることを私は知っている。
そこに信じるものがあるような気がして私は彼を見上げる。

ずっと幼い頃から共にいた。
この瞳がすぐ側にあることを当然と思ってきた。
だが違う。人の命はたやすいことで失われると知った。

あの群集の下敷きになっておまえは死んだかもしれないのだ。
自分の迂闊さをいくら呪っても足りないだろう。

愛しくて手を伸ばす。
肩に触れその存在を確かめる。

自分の中の気持ちに気づかぬはずはない。
だがそれをどうしたらよいかわからない。

日々は駆け足で過ぎてゆく。
おまえに言わなければならない事がある。
だが心の中に芽生えたものが何かを壊しはしないかと不安になる。
私は日々の忙しさにかまけ、おまえの優しさに甘える。




背に沿わせた手に触れるしなやかさ。
命の鼓動を感じさせる輝き。
触れることは叶わぬはずのもの…

おまえは知りながら何も問わない。
し出かした罪の為、見上げる蒼い瞳を二度と見られなかったかもしれない。
己の所作は地獄の炎に炙っても足りないほどだ…
わかっている。
だがどれほど罪深くあろうともおまえを求めることはやめられない。
おまえが誰のものにもならなかった事にこれほど安堵している。

差し出される白い手が肩に触れる。
日々の端々に幸せは宿る。


天から降り注ぎ金の髪を飾るもの…
白い清さがとてもよく似合う。
「オスカル、雪だ」
髪を揺らし振り仰ぐ横顔にかかる清冷なしずく。
澄んだ空気の中、その姿はどこまでも美しい。
「‥アンドレ」
肩に置いた手に力がこもる。
近づく顔は何か言いたげだ。
「何だ?」
問いかけたが答えは優しい微笑みのみ…

果てしない静寂が包む。
家路につくひと時の、この瞬間は俺のもの…
俺は心の中でおまえを抱きしめる。





クリスマスバージョンがあります































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