2005 11/2

誕生日のドレス 

−後編−



 香ばしい匂いが通りにまで流れていた。私は店の裏手の戸口に手をかけると勢い良くそれを開けた。狭い台所には湯気が立ち込め、甘い香りで一杯だった。
「あら、早かったのね。お帰りなさい。今、パイを焼いているところ。後でお茶にしましょうね」
 音に気づいた妻が湯気と香りの間から振り返った。彼女は上気した顔をこちらに向け、幸福そうに微笑んだ。
 私は片手で妻の体を軽く抱き、口づけると、興味あり気な視線を台所の奥に向けた。
「まだよ。出来たら呼びにいくわ」
 妻は子供のような仕草で私の胸を押す。私は愛を込め、もう一度妻に口づけると、台所を横切り反対側の戸を開けた。
「片付け物をしてくる。四階にいる。焼けたら呼びにきてくれ」

 私は大急ぎで階段を上った。やることは山積していた。二階の作業場の段を超え、三階の狭い廊下を右手奥に曲がり、さらに段を登る。上りきったところにある一つの扉。私はそれを開けた。
 祖母の部屋だった。この店を一代で築き上けた祖母。店の創始者が亡くなってからは悲しみのあまり誰も立ち入らなくなってしまった部屋。
 私は部屋に入り、戸口から差し込まれる僅かな明りを頼りに祖母の机に手をかけた。懐かしい机。全てが祖母の居た時そのままに置かれている。本棚、衣装ケース、どれもあの時のままだ。部屋に残る香りさえ少しも変わることはない。
 私は窓に近づき鎧戸を開けた。部屋に明るい日の光が入る。西を向いた窓からは午後の日差しがふんだんに差し込んでくる。私は窓をすっかり開け放ち、開放感に浸った。部屋の張り出し窓からは、街を一望できた。
 私はここから見る風景が好きだった。家の最も奥にある隠れ家のような戸を開けると祖母がいて、彼女は私を見ると抱き上げ、いつもこの窓辺に連れていってくれた。私は窓の下に広がる屋根や通りや人達を見ていたが、祖母はもっと遠くの方‥ 空の彼方を見ていたような気がする。優しい横顔。だがそこには悲嘆もあるような気がして、小さな私は訳も無く不安になった。

 私の中にある最も古い記憶の祖母はいつも店の作業台の前にいて、母や大勢のお針子達と共に一心不乱に針を動かしていた。
 子供の目から見ても息をのむほど最高級の布地を鮮やかに裁断する祖母。その手から生み出される美しい刺繍や縫い取り。私は飽きもせずその手元を見つめていた。
 祖母は田舎から単身でパリに出て、この店を興した。貧しく、ドレスを縫うことだけが好きだった祖母。彼女の丁寧な仕事振りとデザインのセンスは評価され、貴族の得意客が何人もいたという。
 私は近所の悪がき達と外で遊ぶよりは、母達の足元に転がっている布やレースやリボンで花や鳥を作るのが好きな子供だった。そんな私に祖母は布で絵本や愛らしい動物達を作ってくれた。だが、その頃から、祖母は仕事として針を持つことは無くなってきたように思う。古い記憶は混沌として、どれがどの断片かはわからない。
 私は感傷に浸るのはやめ、部屋を片付けることにした。
 今日は朝から設計技師との打ち合わせだった。祖母が最初に店を開いた場所の一帯を買い占めることができた。そこに新たな店を建てようと思っている。あまり品の良い土地ではないが、そこに『マリアンヌ』ができれば街の雰囲気も変わるだろう。
 一階は展示室にすることに決めている。服飾の歴史や店が発案する新しい流行。服だけではない。装身具や靴も置く。今まで培ってきた物の集大成とこれからの提案。展示の間をぬい、奥の階段を登ると次の階に待ち受ける美しい世界。私は自分が考える新たな試みに胸を躍らせた。
 祖母や母の影響で針や布を玩具にして遊んでいた私だが、どうやらお針子としての才能はなかったようだ。デザインを起こすことも出来はしない。だがその良し悪しを見る目と流行を読む力はあったと思う。有能なお針子はいくらでも雇える。『マリアンヌ』の名前に惹かれ、才能あるデザイナーも集まってくる。私に課せられた課題は店の経営。それを肝に命じ、店を発展させることだけを考えてきた。幸いそちらの方には若干の才能があったようで、私は恐れることなく心に湧いたアイディアを次々試してみた。最初は笑って見ていた同業者達もいつしかうちの真似をするようになっていった。

 片付けものに集中しようと思いながら、私は物思いに耽ることをやめられなかった。祖母が針を持たなくなったのはこの国に起こった革命が起因しているように思う。祖母の顧客だった貴族の夫人たちは揃って国外へ逃亡したり、殺されたりしてきた。祖母の消沈と共に一時は店の存続が危うくなったのは事実だ。だが栄耀栄華を誇っていた貴族社会が崩壊しても、富というものが無くなった訳ではない。富とは移動するもの。混沌とした世の中でも贅沢は消えることなく、服というものは生活必需品である。世の中の権力者が変わり街が焼き払われようとも、庶民の逞しさはそんなことにさえ頓着しない。日常は流れていくのである。
 祖母の机の引き出しを開けてみたが、どこもきちんと整理され、余計なものは置かれておらず、僅かに顧客と思われる婦人達の名簿があった。
 祖母は身じまいの美しい人だった。飾り立てることは無かったが、洗練された美しさを持っていた。それは彼女の生活や仕事振りからも伺えた。クローゼットに残された祖母の衣装は数点のみ。仕事の上でも必要な物は残すが、それ以外は一切処分する。彼女にはそんな潔さもあった。

 私は部屋の奥に続く扉を開けてみた。ここは祖母のプライベートな仕事部屋であった。可愛がられていた私であったが、この部屋に入ることは許してもらえなかった。私はいくらかの感慨を込め、部屋の中を見渡した。中央に作業台が一つ、二つの壁には天井まで棚が造り付けられてあり、梱包された荷物が積まれていた。どれも丁寧に作られているが、商品としての体裁ではない。数も相当ある。
 これは何であろう。私は包みの一つを取り出し、作業台の上に置き、それを開けてみた。
 使わなくなった材料の在庫か何かだろうと思っていた私の目に、美しいドレスの身頃が飛び込んできた。私は心臓に一気に血液が流れ込んでくるのを感じた。包みからそれを取り出してみる。一体これは何だろう… 胸の鼓動が激しい音を立てる。
 私は震える手でそれを目の前に広げてみた。薔薇色の美しいドレス。大きく刳られた襟元を飾る宝飾のきらめき。高価なものであることは一目で分かる。私はドレスの形を整え、隣の部屋の広い壁にかけてみた。流れるような薔薇色の絹。見る者をうっとりとさせる光沢。魂を奪われる一瞬。美しい物は誰の心もとりこにする。
 恍惚感に襲われ一瞬場所を忘れそうになったが、私は頭を振り、大急ぎで作業台の前にとって返すと棚からもう一つの包みを降ろした。まるで未知の宝の山を探り当てたような、そんな思いだった。
 今度は目にも鮮やかな空色の青が飛び込んできた。鮮やかな色を目立たせるためか余計な装飾は一切ない。だがそれがドレスの美しさを、ひいては着る者の美しさを引き立たせるだろう。私はそれを包みから出すと同じように隣の部屋の壁に掛けてみた。薔薇色と空色、二色の対比だけでも素晴らしい。なんという鮮やかさであろう。
 私は自分を落ち着かせるため、胸に手を当て、次の包みにとりかかった。
 神話の女神に相応しい、柔らかく透ける素材を何枚か重ねたドレスが出てきた。正式な晩餐には向かないが、趣味の洒落た集まりには一際目を引くだろう。私は取り出したドレスを壁にかけては、次々と包みを開けていった。
 重ねた絹がまるで夕日を織り込んだような色合いのローブ・ア・ラ・フランセーズ。白と淡い緑でありながら萌えさかる新緑を思わせるドレス。ラベンダーの香りがするような上品な部屋着。そして背中と胸のくりのひときわ大胆な黒の夜会服。
 包みの中にはそれが祖母の物と断定できるデザイン画が入っていた。それは見慣れた画であり、筆致といい、絵の特徴といい、間違いなく祖母の手によるものだった。だが、いつものデザイン画とはどこか違うような気がして、私はそれを良く眺めてみた。ドレスを着た婦人の後に男が立っている。彼はドレスと対ともいえるような服を来て、女の手を取っている。デザイン画としては風変わりな物だ。私の記憶では、祖母はこのような背景の入ったデザイン画を描いたことはなかった。
 私は描かれた絵の皺を良く伸ばし、作業台の上に重ねると、次の包みをほどいた。一つ一つ開ける度、私は大きく息をついた。それは興奮の為であり、驚きであり、陶酔であった。
 異国の花や鳥を刺した手の込んだ刺繍を裾一面に散らしたドレスや、最高級のレースをふんだんに使った物、蜜色の甘やかな色合いながら大人の官能を感じさせるドレスなど‥
 隣の部屋の壁面はもう僅かしかない。私は絹を重ねるようにして場所を作りながら、作業部屋に戻り棚のさらに奥に手を伸ばした。
 そこからは何着かの少女の服が出てきた。初めて大人の仲間入りをする時のものだろうか。愛らしくも凛とした佇まいを感じさせるドレスが数着。さらには、もっと小さな子供が着る服も出てきた。まるで妖精の羽で作ったのではないかと思えるような小さな小さなドレス…
 私は取り出したドレスを全て部屋の壁にかけてみた。おびただしい数と色とが壁に重なり合う。どれもが個性的なデザインであり、一つとして同じ色のものは無かった。素晴らしい品の数々。身内とはいえ祖母の仕事振りは感嘆に価する。だが私は違和感に少なからず混乱していた。これらを祖母に注文した注文主達はどうしたのだろう。
 ドレスは全部で二十数着。子供の物が数着に、少女の物が数点、あとはどれも若い婦人向けの物だった。

 注文主が何人いるか知らないが、皆、貴族の若い夫人だろう。少女の物は娘の衣装を注文したに違いない。だが、なぜ引き取らないのだ。
 私は一つのドレスを手に取ってみた。手に布地を乗せ、目を凝らしてみた。最高級の絹だ。他の物も同じだ。ここにある物は返品されるようなものではない。むしろ今まで店に並べたどの商品よりも豪華で、手が込んでいて、出来が良かった。布地もレースも類を見ないほどの高級品だし、飾りや刺繍の一つ一つに魂がこもっているような気さえする。
 私は別のドレスを手に取ってみた。これだけが一際豪華に作られている。きっと婚礼衣装だろう。これを注文した婦人は一体どこに行ってしまったのだろう。
 
 私は釈然としない思いを振り払うべく、祖母の机とそれらの包みが仕舞われていた棚の隅々を探してみた。祖母は仕事に関しては几帳面な人だった。返品があったなら、注文主の名前は勿論、返品の理由や修正箇所、その後の顛末までを記していた。
 いつどこで誰の為にドレスを縫い、報酬はどれほどであったか。どんな材料を使い、それがいくらで引き取られたか。誰が見ても分かるような記録を残している。報酬に結びつくものだけではない。習作なら習作と表示があり、達成度が記入され、展示品なら目的と効果のほどなど… 祖母が何も記さないでこれだけの物を残すはずはなかった。
 私は部屋の隅々まで探したが何も見つけ出すことはできなかった。店にある書類は全て熟知している。知らないのは祖母のプライベートに関する記録だけであった。
 私は謎を解く記録を見つけ出すことは出来なかったが、棚の隅に一つの古い箱を見つけた。中には小さな男の子の物と思われるシャツとキュロットが入っていた。箱の蓋の裏側には「1760 ノエルの晩に」と記されてあった。1760年、まだ祖母が二十歳の頃だ。
 婦人の物しか手がけたことの無い祖母だから、きっとこれは誰か懇意にしていた人に縫ってあげたに違いない。だがそれも引き取られることなくここに残されている。1760年、ノエルの晩にに何があったのだろう。
 私は再び頭を抱えてしまった。少年の物、たった一着… これは何を意味するのだろう。祖母からは勿論、母からもこれらのことを聞いたことはなかった。母でさえ知らない祖母の秘密…

 私は部屋の中央の椅子に座り、一面に花が咲いたような壁を見ながら物思いに耽っていた。残されたドレス達。注文主の婦人には娘の他に小さな息子もいたのだろうか。彼女はなぜ娘と自分のドレスを引き取らなかったのだろう。
 そして、婚礼衣装を注文した女はどうしたのだろう。衣装を無くして、どこで式を挙げたのだろう。
 一体何人の女達がここにドレスを残していったのだろう。なぜ‥ 何の為に‥

 知らなかった事とはいえ、私は祖母に何も聞いておかなかった事を後悔した。ドレスはどれも革命前のデザインだった。この国にアントワネット王妃が生きていた頃のものだ。華麗で繊細な美を愛した王侯陛下。豪華て爛熟を誇ったあの時代。注文主はどれも裕福な夫人達。彼女らの運命はどうだったのだろう。
 午睡のようにうとうとと考えていた私の脳に、突然、天啓のように閃くものがあった。私は椅子から跳ね起きると、壁に掛けてあったドレスを全部外し、並べ替えてみた。
 そうに違いない。確信があった。なぜこのことに気がつかなかったのだろう。祖母の仕事振りを理解していれば分かったことではないか。興奮か歓喜か分からぬものに私は震えた。
 私はすっかりドレスを並べ替えると後にさがり、それを確認した。

 これは一人の女の一生ではないか。

 私はもう一つの事に気づくと大急ぎで隣の作業部屋の机に重ねておいたデザイン画を取りに行った。私はそれを見て私の考えが正しいことを確信した。
 おぼろげに描かれている女の像。髪を結い上げていたり巻いて垂らしていたりしたが、それは全て同じ人物と思われた。もっとも顔や手といった服に関係ない部分は割愛されて書かれるデザイン画なので精密な絵ではない。最初見た時にいつもと違うと感じた理由はそれだ。女の顔が描かれているのだ。
 それに‥もう一つ… 私は一枚一枚、丁寧に見ていった。
 どの画にも男が描かれていた。全てを見たが、どれにも、はっきりとであったりおぼろげであったりとの違いはあるが、同一人物らしき男の姿が描かれてあった。大人の衣装である夜会用のドレスのデザイン画は勿論、少女の服の絵も同じだった。快濶そうな少女のかたわらに少年が描かれている。二人は距離をとったり重なりあったりして、全ての絵の中に収まっている。
 彼は‥ 私はデザイン画の背景ともいえる部分に目を注いだ。きちんと描かれたものではないから、はっきりとしてはいない。だが彼は、優しげで明るい性格の青年に見えた。髪は黒。そこだけは線画ではっきり表現されている。
 私はドレスと同じようにデザイン画も並べ替えてみた。少年のように闊達そうな少女が、妖艶な魅力をたたえる女に成長する。素直で気さくそうな少年が、精悍で魅惑的な男に変わっていく。

 ようやく一つの確信に辿り着いた。私は部屋の机にデザイン画の束をのせ、押し寄せてくる感慨に耐え切れず椅子に腰を降ろした。
 祖母は流行を追うばかりの仕事はしなかった。マリアンヌはドレスを纏う女の目の色や髪の色、肌の色といったものを大切にした。顔立ちや、その者が持ち得ている雰囲気、個性といったものに合わせてドレスを縫っていた。マリアンヌのドレスを着た者は皆、美しくなった。マリアンヌの信念は店に引き継がれている。
 私はゆっくりと椅子の背から体を起こした。
 これらのドレスを見れば女の姿が浮んでくるではないか。すらりとした背の高い、高貴な品を纏った女だ。ドレスは明るい色の髪に映えるような色ばかり。髪はきっと輝くばかりのブロンドに違いない。ここにある物はどれも、華麗ではあるが、余計な装飾は控えられ、カットは大胆で鮮烈になっている。
 彼女は美しい白い肌を持っている。顔立ちははっきりとしているはずだ。瞳は澄んだ濃い色をしているに違いない。彼女がそれを着た時に、ドレスに血が通い、豪華に花開くのだ。
 幼女から少女へ彼女は成長する。少しずつ大人へ‥ そして美しい女に成長した。
 祖母はそれを見続け、ドレスを縫った。ドレス達は注文主の元に無事届けられたに違いない。祖母はきっと‥ 自分の為にその何点かをここに残したのだ。
 どれほどの想いが祖母の胸の内にあったのか、知る術はない。だがそれは、このドレス達を見ればわかることだ。
 私は椅子から立ち上がると婚礼の衣装を手に取った。これはどこに差し入れたら良いのだろう。彼女は幸せな結婚をしたのだろうか。
 その時階段を上ってくる小さな足音が耳に入った。それと同時に可愛い声が扉のところで聞えた。
「お父さま、お茶にしましょうって、お母さまが。今日のパイは私が摘んだ木苺のパイよ」
 開け放した扉の向こうから小さな顔が覗いた。私の娘、フランソワーズ。
 部屋に入るとフランソワーズは一瞬息を呑むような表情をしたが、勢いよく駆け込んでくると、ドレス達の間をくぐりぬけ、興奮した声を上げた。
「何て綺麗なんでしょう!」
 フランソワーズは両手を高々と上げ、頬を紅潮させ、絹の波をすくい、色のしずくの中に溶け込もうとするかのように、目を輝かせ、ドレスの間をかけ回った。
「綺麗だわ! お父さま、これは誰のドレスなの?」
 フランソワーズの声が明るく弾けている。きっと小さな心臓も喜びの音を立てているに違いない。
「これはおまえの曾おばあさまが縫ったものだよ」
 ドレスの合間から出てきたフランソワーズの目は泣いているかのように潤んでいた。だがそれは興奮の為だということはすぐにわかった
「マリアンヌおばあさま?」
「そうだよ」
 私の言葉に娘は満足そうに頷いた。祖母の顔を知らない娘だが、その身体にはマリアンヌの血が流れている。美しい物をそうと見極め、愛する心を持っている。
 一時の興奮からは覚めた様子で、だが頬は薔薇色に紅潮させたまま、娘は一つのドレスの前に立つと真っ直ぐにそれを指し示した。
「私はこのドレスが一番好き」
 純白のドレスだった。高く立った襟と胸に施された金糸の刺繍。シルエットはあくまでも細身で、着る者のスタイルを浮び上らせる。夜会用のドレスであるために、舞い踊った時に絹が美しく流れるようにひだをたっぷり取ってある。幾重にも重ねたひだの縁とドレスの裾に施された胸と同じ金糸の刺繍。それは絹に織り込んである地模様と同じものであった。他のドレスと同様、余計な飾りは一切ないが、着る者によってはとても目立つに違いない。金の髪を持つ者にこの金糸はどれだけ似合ったことだろう。
 どこまでも計算され尽くした美しさ。着る者と一体になった時、このドレスはどれほどの美を見せたことだろう。
「オダリスク風だね」
 私はフランソワーズの後に立ち、そっと肩に手をのせた。
「オダリスク風?」
 フランソワーズが振り返り私を見上げる。
「そう。オダリスク風だ」
 フランソワーズはもう一度ドレスに目を向けるといつまでもそれを見つめていた。
 今度作る店の一角にマリアンヌが残した物を飾る場所を取ろうと思う。祖母ではないが、あの時代を語る者がいてもよいのではないかと思う。私にはこのドレス達が時代を語る生き証人のような気がしてならないのだ。
 私はもう一度娘の肩に手をやった。この店を継ぐ者。マリアンヌの心を大切にしていって欲しい。
「マリアンヌおばあさまの話を聞きたいわ」
 私を見上げるの娘の頬はまだ上気している。
「そうだね、そうしよう。その前におまえが摘んだ木苺のパイとお茶をいただこう」
 私は屈んでフランソワーズの頬にキスをした。娘からは甘いパイの匂いがした。



fin








































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