Frere

「兄上」
 いやに明るい声がして居間に弟が入ってきた。フェルディナンは肘をつき体を起こした。少し眠ったようだ。ヴィクトールは宮廷から戻ってきたところか‥白い軍服姿が眩しかった。
「お顔の色が悪いようです」
 ヴィクトールは心配気に寄ってくると長椅子の端に腰をかけ顎を引き上目使いで彼の顔を見た。
「昨夜はよく眠れなかったのですか? 美貌が台無しですよ」
 ませた弟の口ぶりに思わず笑った。何より気分が違っていた。ハーブか効いたのだろうか。ヴィクトールは最近ますます大人っぽくなった。フェルディナンは肘掛に体を預けながら整いすぎるきらいのある弟の顔を眺めた。いつの間に弟はこんな表情をするようになったのだろう。口の端で笑いながらの上目使い。これを女にやってみろ、どんなことになるか想像がつく。だがまだ弟は自分の武器に気づいてはいないようだ。
「悪かったな。今日は行かれなくて」
 フェルディナンは弟の晴れ姿を見なかった事を素直に詫びた。
「構いませんよ。これからいくらでも宮廷で会えます」
 ヴィクトールはあっさりと言った。
「母上は?」
「まだ宮廷です。父上とご一緒です。夜の舞踏会までいらっしゃるそうです」
「そうか。お前はもう帰ってきていいのか?」
「ええ、初出仕といっても顔見せだけですから」
 弟は涼しげな顔で微笑んでいるがその表情に隠しきれない喜びが見て取れた。
「何か良い事でもあったのか?」
 彼の問いにヴィクトールの顔が僅かに赤らんだ。
「…国王陛下にお会いしました」
 ヴィクトールの顔と言葉が噛み合っていない。フェルディナンの含み笑いにヴィクトールが緊張するのがわかった。
「近衛隊も暇だな。こんなに早く帰ってきて‥」
 弟を追求するのは止めよう。面白い秘密を持っていそうだが… フェルディナンはヴィクトールの頬に手をやった。大尉の軍服が良く似合う。宮廷ではさぞ評判を取った事だろう。
(本文より)

































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