2003 12/17
イラスト ラーキーさま
文 マリ子

絹の誘惑




 扉を開けたがオスカルはいなかった。
「オスカル」
 俺は部屋の中に呼びかけた。
「こっちだ、アンドレ」
 奥で呼ぶ声がした。部屋の奥は寝室になっている。俺は声のする方へ向かった。
「何か用か?」
 俺は寝室の手前から声をかけた。
 オスカルは寝台脇のスツールに腰をおろし本を読んでいた。背をこちらに向け横の小机に肘を乗せている。背中に豊かに広がる黄金の髪。肘に体重を乗せているせいか斜めになった体がしなり、胴から折れたような曲線をつくっていた。
 オスカルはいつもサッシュを腰に結んでいる。いつも着ているブラウスはゆったりとしていてそこに続く胴の存在を知らしめる事はなかった。だが今は絹がしなやかな曲線に添っている。その角度はそこに続く腰のまろやかな線を浮き立たせていた。
 オスカルがページをめくるたび絹が微かに動く。それはその下に息づく肉体の存在を教えた。
「アンドレか、入れ」
 オスカルが髪を揺らし振り返った。
 俺は一歩寝室に入りそこで立ち止まった。ここに入るのは二回目だった。以前入ったのは…
 部屋の明かりを全て消し「何も言わず側に来てくれ」と言ったおまえ…

 オスカルは立ち上がると俺の前に歩み寄り両腕を俺の肩にかけた。微笑んでいる。おまえの腕が首に絡みつき唇が触れた。
 オスカルの香りが俺を包む。おまえは積極的に唇を求める。もう何度も交わした口づけ。だがそれは飽くことなくその行為に溺れさせ次の欲望を煽る。
 俺は口づけを受けながらオスカルの腰に手をやった。しっかりと腰骨の硬さを確かめながらその手を徐々に上にあげる。胴を締め上げるように力を入れると細さと柔らかさが手に伝わった。
 俺は目を開けオスカルを見た。目の前に揃ったまつげが見えた。おまえは俺を求め唇を動かす。触れるほど近くにおまえの閉じた目を見ながら俺はその表情を楽しんだ。
 オスカルは両腕を上げている。その無防備さは男を誘う。俺は目を閉じ、手をさらに上にあげ胴から脇へ脇から胸へと動かした。オスカルのからだに力が入るのがわかった。俺はからだを離そうとするオスカルの腰を引きつけた。力を入れて腰を引きながら、胸を密着させながら俺はお前に口づけを返した。
「‥アンドレ」
 オスカルは多分目を開けた。だが俺はそんな事はお構いなしにオスカルの腰を抱いた。オスカルの腰は細かったがその肉付きは男の欲望を充分にそそった。
「アンドレ!」
 オスカルは両腕をおろすと肘を張り俺を遮った。この時になって目を開けない訳にはいかなかった。目の前の蒼い瞳は見開かれ憤怒の様相を示していた。
 俺は構わず続けた。オスカルは力を入れて腰を離そうとした。きっと男のからだの変化に気づいたのかもしれない。
 オスカルが後にさがる。それを追うようにして二人で寝台の上に倒れこんだ。その振動は俺の理性を砕いた。俺はオスカルの胸をはだけブラウスの中に手を入れコルセットの紐に手をかけた。オスカルが無言で抵抗する。
 俺はオスカルの両手を押さえつけた。オスカルは両腕を大きく開かれ寝台の上に固定された。白い絹の上に散らばる金髪。オスカルは蒼い目を見開き顔を左右に振っていた。だが声は出さない。
 あの時の光景が脳裏をかすめた。破けた絹の音、切り裂くような悲鳴。

 俺は息を吐くとからだを起こした。軽く口づけるつもりがすでにこうだ。おまえの魅力は俺には強すぎる。俺はからだを反転させオスカルの胸の上に倒れこんだ。
 おまえの胸に頭をのせたまま寝台の上に仰向けになった。想いが通じ合っているとはいえおまえの意志を踏みにじるような事はできない。
 頭の下から息遣いが伝わる。大きく上下する胸。早い鼓動。オスカルの手が伸びてきて俺の手に触れた。その手は優しくいたわるように動いた。俺は入れ替えるようにその手を握り返した。

「悪かった。オスカル」
 俺はからだを起こした。
 オスカルも肘をつき徐々に起きあがりながら俺を見た。憮然とした表情をしていたが怒ってはいない。あいつが怒ればすぐにわかる。
 俺は立ち上がると寝室を出た。そのまま部屋を出て行こうかと思ったが部屋の入り口の壁に寄りかかりオスカルが出てくるか待った。
 オスカルの気配がした。寝室の入り口の手前に立ち部屋の中を見回しているようだ。
「アンドレ‥」
 呟くような小さな声が聞こえた。
「ここだ」
 真近で聞こえた俺の声におまえが驚くのがわかった。
「そ、そこにいたのか」
 俺は薄い絹の背に手を添えるとオスカルを部屋の中央の長椅子に導いた。肩に手をかけ押し付けるようにして座らせた。
「オスカル、何か用があったのじゃないか?」
 オスカルを座らせ隣に自分も座った。
「何か欲しい物があれば持ってくる。ショコラか?」
 俺は顔に笑みを作りおまえを見た。
「いらない」
 オスカルは素っ気無く言うと視線を反らし床の上を見つめた。
「オスカル」
 俺はオスカルの頬に手をかけこちらを向かせた。
「言っておくが、寝室に男を入れてはいけない。よほど覚悟がなければ止めておくことだ」
 オスカルは素直に頷いた。頷きながら何か言いたそうに口を開いた。
「アンドレ‥ 男は‥」
 そこまで言ってオスカルは黙った。
「何だ?」
 俺はオスカルの顔を覗きこんだ。オスカルは何も言わない。
「多分お前が考えるより欲深い」
 俺はオスカルの言を引き取って答えた。
 蒼い瞳がまっすぐ俺を見た。俺はオスカルに口づけた。オスカルの表情が変った。オスカルは何かを思い煩うように瞳を巡らせた。
「アンドレ、愛しているんだ」
「わかってる」
 俺はオスカルにもう一度口づけた。
「俺もおまえにわかって欲しい。俺はこうしているだけで充分幸せだ」


 
 愛している… 彼の手が一瞬でも触れていないと我慢できないほどだ。
 アンドレは口づけをくれる。わたしは何度でもそれを求める。
 愛しい手は頬から首に回り髪に触れながらブラウスの襟の内側に入った。目を開けると彼が見ていた。
 彼の手が触れると肌が目覚めるようだ。唇が口づけを求めるように肌もこの手を求めている。
 アンドレの手がブラウスのボタンを一つ外した。もう一つ。長い指がゆっくりとコルセットの紐にかかる。その動作はひどく緩慢だった。
 拒絶するならできただろう。だがわたしはそれをしなかった。彼の手が次にどう動くかを見ていた。コルセットが開かれ彼の手が直接肌に触れた。今まで感じた事のない感覚がからだの中を走った。わたしはもう自分のからだを見ることができなかった。
 アンドレの腕が背に回され強い力で引きつけられた。唇が重なる。
 胸にアンドレの手を感じる。ゆっくりとした動きでありながらそれは皮膚の隅々までを疼かせる力を持っていた。多分この感覚に素直になっても良いのだろう。
 乳房の先端に彼の指が触れると声が出そうになる。
「力を抜け。俺に委ねろ。嫌か?」
 その声には到底逆らえない。戸惑いながらも貪欲になっていく自分を予感する。押し寄せる波にもまれ流されるようだ。吐息と共に声が漏れる。これ以上はないと思いながら深くなっていく官能。アンドレはそれをわたしに教える。
 肌を捉える手。長い指。うっすらと開けた目の端にそれは映った。それはゆっくりと、しかし確実に動きを大きくしていく。わたしは目を閉じその感覚に身を委ねた。











素材提供サイト






inserted by FC2 system