2003 8/27
イラスト ラーキーさま
文 マリ子

木漏れ日




高い空に大きく弧を描き鳥が舞う。
どこまでも澄んだ眩しい広がりの中、翼の形を少しも変えず風に乗る。

ゆっくり上げた手の先、私の指の指し示す先をおまえが見る。
「きれいな鳥だ」
昔と少しも変わらない声。耳に馴染んだ声は郷愁をかき立てる。
気に入りの遊び場だった森の入り口。
木漏れ日が揺れる穏やかな午後。
こうしているとこの国の情勢も我々の任務も忘れそうになる。
この空の向こうにおまえと過ごした日々が垣間見える。

明るい日差しを浴び草の上に寝転がり日がな一日雲を眺めたあの日。
今でも覚えている、あの時の雲の形。
満点の星空の夜は高い木の先端まで登り枝の隙間から腕を伸ばした。

いつも同じものを見ていた。
どの季節も一緒だった。

花の野に蝶を追いかけ、丘を転がった。
つかまえた蝶を手渡してくれたおまえは花の蜜の吸い方も教えてくれた。

夏の夕暮れに突然の雷鳴と共に降りだした雨。
家に急ぎながらみるみる全身が水をかぶったようになっていくのが可笑しくて笑い合った。

太陽が染め上げる雲間の美しさ。
群れを成して飛ぶ鳥を見つめていた横顔は寂しそうだった。

凍りついた窓から見上げる雪。ばあやの制止を振り切って外に飛び出した。
毛布にくるまり飲む温かいショコラと薪のはじける匂い。

こうしていると懐かしい思い出ばかりが蘇る。
もう何度目かの夏が巡る。
来年の夏もおまえとこうして過ごしたい。
ひどく幸せでありながら時々不安になる。
手を伸ばせば届き、言葉はなくても瞳で語り合えるのに…

私の気持ちが伝わるのか…
視界がふさがれる。
唇に軽くふれる感触はほんの一瞬。

風が吹くと木漏れ日も揺れる。
おまえは再び空を見上げ鳥を探す。
その顔を引き戻すように私は手を伸ばしおまえを捕える。
「軽やかに羽根を伸ばす姿がおまえに似ていた。さっきの鳥」
私はその言葉に焦れながら頷く。鳥よりも私には欲しいものがあるのだ。

見下ろす優しい瞳。
額に置かれた指は髪を絡ませながら頬に降り顎にかかる。
先とは違うゆっくりとした口づけ…
目を閉じ唇に触れる感覚に陶酔を感じながら足りないと思う。
おまえの何もかもが欲しい。
離れる刹那、目で訴えた。

素直になっていく自分がわかる。
感覚にも感情にも…
私はおまえの胸に手をつき懇願する。
「アンドレ、いつまでも側にいてくれ…」
これが私の願い。だだ一つの永遠の願い…
おまえは微笑みながらもう一度返事をくれる。

木漏れ日が揺れる。
穏やかな優しい午後をありがとう。




























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