2002 12/17


ベルばらの思い出



 私は「ベルばら」をリアルタイムで読んでいた。前半は友人にかりたコミックで、後半は週間マーガレットで。コミックを貸してくれた友達よりはまり、現在に至るわけである。「ベルばら」は私が読んだ最初の漫画だった。
 リアルタイマーであると言っても、貧乏とのろまが原因でお宝の類には無縁であった。第一漫画を読むと馬鹿になると信じて疑わなかった母により(そんな時代でした)我が家には漫画禁止令が出ていたので、私はマーガレットを買う事が出来なかった。
 マーガレットはもっぱら立ち読みで、発売日になるとわたしは本屋にすっ飛んでお目当ての物(ベルサイユのばら、エースをねらえ!、つる姫じゃ〜)を大急ぎでむさぼり読むのだった。本編が一刻も早く読みたくて興奮状態だったので、扉絵なるものをじっくり眺める余裕はなかった。
 だから今年発売された「ベルサイユのばら大事典」に扉絵特集が載っていのは嬉しかった。覚えている物もいくつかある。特にコミックスに取り入れられたものは印象深い。

 最も印象に残っているのは「けれどその前にだんなさまあなたを刺しオスカルを連れて逃げます」の次の号だった。だだならぬ展開に早く続きが読みたくて焦れた私はじりじりしながら一週間を待ち、発売日にいつもの本屋にすっ飛んだ。
 ところがない! マーガレットがない! いつもは店先に平積みになっているのに… 何故? 何故ないの? 確かに今日は間違いなく発売日。私は狂気のように狭い店内を探し回った。

 この店は学校の近くにある小さな書店で、近所の学校の小中学生がひっきりなしに訪れてさまざまな本を読みふけっていた。当時の漫画は現在のようにビニールがかかっていなかったので、子供達は自由に漫画の立ち読みができた。本屋にとっては誠に迷惑な話だと思うが、小遣いの少ない子供にとってはなくてはならない店だった。
 そこの店主は定期的にはたきを持って、本とそれを読む子供の埃を払いにきた。私は、はたきが恐くてそそくさと大急ぎて読んでいたが『立ち読み禁止』の張り紙の前で堂々と座り込んで読むつわものもいた。はたき親父と「座って読んでいるんだからいいじゃないか」と言う子供とのバトルも楽しい店だった。

 本屋をくまなく探した私の目に飛び込んできたのは、レジの後の棚に背表紙をこちらに向けきっちり並べられたマーガレットだった。はたき親父が鎮座するレジの、さらにその後の本棚に手を伸ばし、立ち読みなど到底できるわけがない。続きがどうしても読みたかった私は禁を破り、初めてマーガレットを買った。幸運にもたまたまサイフを持っており、私はうさぎの刺繍のついた水色のサイフがらなけなしの小遣いをはたき「マーガレット」と小声で言ってそれを差し出した。
 はたき親父が差し出してくれたその時の衝撃を私は忘れることが出来ない。本棚から取り出されたマーガレットの表紙がオスカルとロザリー! 買ってよかった… 私は涙ぐみマーガレットを抱きしめ、よろよろしながら店を出た。

 一刻も早く読みたくてたまらなかった私は家まで待てず、近くの公園のベンチに座りページを開いた。その時の感動! 見開きページに大きく「ベルサイユのばら」そしてオスカルとアンドレの小さな頃の絵と顔を寄せる二人。もう手が震えた。

 読みすすむうちに
「愛している」オスカルの告白。
「生涯かけて私ひとりか? 私だけを一生涯愛しぬくと誓うか?」涙を流してアンドレに問うオスカル。抱き合う二人。
「千の誓いがいるか、万の誓いがほしいか…」アンドレの世紀をまたいでも語り継がれるであろうあの名セリフ。
 そして ―私の知っている唇は― のリフレイン。そして… … … …

 読み終わった私は放心状態で20分〜40分ほどそこに座り込んでいた。これがどの号よりも一番心に残っている。私が買った、ただ一つのマーガレット。


 しょぼいベルばら現役時代だが、話をする友達には事欠かず、朝学校に行けば「昨日のマーガレット読んだ?」から始まり、休み時間は毎日階段の踊り場でベルばらごっこ。
 私は発売日に読みそこなった友達にレモン事件の号を説明させられた事も忘れられない。恥ずかしくてとても話せたものじゃなかった。友人も下手な説明聞くよりも読んだ方がいいのに待てなかったようだ。中途半端な説明を聞いた友人は忘れ物を取りに行くと言ってそのまま帰ってこなかった。彼女は早引けになった。
 次の日「昨日どうしたの?」と聞く私に「お腹が痛くて」と彼女は言ったが、その後レモン事件の話で盛り上がった事は言うまでもない。


 週間マーガレットは買えなかったがマーガレットコミックスだけは買っていた。親に隠れてこっそりと。これだけは譲れなかった。でも見つかると没収された。そして私は家中探して見つけ出し奪回に成功する。大抵隠し場所は似たような所で、いくら没収されても捨てられる事はまずなかったので、親も半分諦めていたのだと思う。
 そして没収、奪回を繰り返し読み込まれぼろぼろになったマーガレットコミックス初版本は、他の嫁入り道具と共に持ち込まれ、今では永久保存版として本棚の片隅に眠っている。読むのはもっぱら愛蔵版。
 
 永遠の憧れオスカル様とアンドレ「ベルサイユのばら」は何十年たった今でも私の中で変わらぬ輝きを放っている。



付け足しもしくはその2

 「ベルばら」には艶っぽい言い回しやセリフが多くて、多感な子供だった私はドキドキしながら読んだものだった。その一つが「愛し合っているならからだを重ねてみたい… 一度でいい 契りたい」というもの。そして続く「お前のすべてがほしい!」
 これは衝撃だった。
「か、からだを重ねる…? そ、それって………(ドキドキ) なんとなく分かるような気がする。でも『契る』って? 一体どんな風にするんだろう。ちぎる… 分からない。でも分かりたい! どうやって『ちぎる』の? 一度でいい… 一度か。一度だけするものなのか…? う〜ん。漢字も難しい字だぞ」(契約の契だがその時の私は気がつかなかった。習っていた?)
 私はその漢字を頭に叩き込み家に取って返すと急いで辞書を引いた。
 
 契る:契りをかわすこと

 確か当時の辞書にはこんな風に書いてあった。これじゃ全然わからない。何? ちぎるって…! ちぎりってどうやってかわすの? ますます分からない。知りたい。でも何となく親には聞けない気がする。 
 「契る」の意味がわかるまで私は悶々とした日々を送った。「からだを重ねる」と「お前のすべて」に挟まっていた「契る」はとても艶やかな言葉だった。アンドレって罪作り。

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