2002 8/16
hitomiの部屋「愛の企画」参加作

夏の日




 俺はアンドレ、十五才。この夏で十六になる。
これはオスカル、俺のご主人。
俺の仕事はご主人の遊び相手兼護衛だったが今では剣の相手兼お世話係りに昇格した。
今日はご主人に付き合わされここまで遠乗りにやってきた。

「アンドレ、馬を休めよう」
 オスカルは馬を降りた。ここはいつも遠乗に行く途中による湖。向こう岸は木立に囲まれ鬱蒼としているが午後にはこちら側から日があたり水面に跳ね返る光はキラキラとそこら中に金の粉を振り撒く。馬を水の中に入れると俺達は岸辺に腰を下ろした。オスカルは湖を見ていたが俄かに立ち上がると乗馬靴を脱ぎだした。いったいどうするつもりだ。オスカルは何かというとすぐ裸足になりたがる。裸足になったオスカルは湖に近づき片足を水に浸した。
「何するんだ、オスカル」
「足だけ水につけるんだ」
 オスカルが振り向いて言った。
「やめろ、あぶないぞ」
「あぶない事などあるもんか」
 オスカルは鼻で笑うと水の中に入っていった。
 まったく王太子妃付の近衛士官とあろう者が。オスカル、お前もアントワネット様に負けない位無邪気だぞ。
 オスカルがバランスをとっている。危ないな。
「オスカル、止めろ、滑って転ぶぞ」
 俺はオスカルの行動にかけては次にどうなるか大抵予測が出来た。そしてそれはかなり高い確率で的中した。
「あっ!」
 オスカルの背中がひるがえったかと思うと盛大に水しぶきが上がった。
 ほら見ろ、言った通りになった。
「う〜」
 オスカルは水から立ち上がると寒そうに両腕を抱えた。
 まったく、いくら夏だからってちょっと早すぎるんじゃないか。
「オスカル、帰って服を乾かさなければ。遠のりは今日は中止だな」
 オスカルは水の中に立ったままだった。俺が差し出した手もそのままに立ちつくしていた。
「どうした、どこか打ったか」
 俺は少し心配になった。
「いや」
 オスカルは言うと濡れたブラウスの胸元を両手でつまんだ。本当に全身ずぶ濡れになった事を確認しているようだ。オスカルは情けなさそうな顔をしながらも水から上がろうとしなかった。
 オスカルのブラウスがピッタリ肌に張り付いている。それは吸い付くように肌にまとわりつきオスカルの体を浮き立たせていた。コルセットの形がはっきり見えた。
 俺は動揺した。オスカルの裸を見たような気がしてどうしていいか分からなかった。
「オスカル、早く上がれ!」
 俺は焦って早口でいった。
「いいさ、どうせ濡れついでだ」
 オスカルは言うと後ろを向いた。後姿も同様だった。背中に張り付いたブラウスは所々しわを作りながら透けてオスカルの肌を見せていた。コルセットは胸の位置よりかなり下に切れ込んでいて背中の大半が見えていた。ブラウスだけではない、濡れたキュロットもオスカルの腰に張り付きその形をあらわにしていた。オスカルは前かがみになると水の中に両手を入れ大きく動かした。
 何てことだ。オスカルから目が離せない。見てはいけないのではないかと思ったが目が離せない。オスカルが後ろ向きなのを幸いに俺はオスカルを見続けていた。
 濡れた布ほど女の体を官能的に見せるものはないとこの時俺は知った。素肌よりももしかしたらエロスを感じさせるかもしれないそれは容赦なく纏わりつきオスカルの伸びやかな体を、肉の薄いしなやかな背中や細くはあるが間違いなく女のものである腰を見せていた。俺は大きく息をついた。さっきから息を吸い込んでいるのに空気が薄くなったようで息苦しい。
 オスカルはざぶざぶと水の中を歩きだした。髪の毛も下半分は濡れていて水に落ちた子猫を思わせたが濡れた肩に毛先が張りつく様はなんともなまめかしい。オスカルの肩は丸くて小さかった。オスカルは顔を上げて頭を振った。髪の先からいくつもの水滴が飛び散ってきらめきながら落ちていった。横向きのオスカルの胸のふくらみが見てとれた。コルセットに守られていたが濡れたブラウスは忠実にその形を形どっていた。
 オスカルは段々大胆に水の中に入っていく。膝の位置から腰の位置へ。
「オスカル、もうやめろ、危ないぞ、出て来い」
 オスカルに見とれている場合ではないぞ。
「アンドレも来いよ。冷たくて気持ちいいぞ」
 オスカルは湖の中ほどで手を振った。冗談じゃない。
「嫌だね。いいから早く上がって来い! 今度は溺れるぞ」
「大丈夫さ、この辺は浅いんだ」
 オスカルは気持ちよさそうに水の中を漂っている。人の気も知らないで。
「あっ」
 その時オスカルが声を上げた。オスカルの動きが止まった。
「どうした!」
「何かに引っかかったみたいだ」
 オスカルは浅い所を漂っていたはずなのに何時の間にか胸まで沈んでいる。自然を馬鹿にするものじゃないぞ。底が急に深くなることだって充分考えられるのに。
「待っていろ、すぐ行く」
 俺は乗馬靴を脱ぐと水の中に入った。だからあれほど早く上がれと言ったのに。まったく世話のやける主人だ。お世話係りも楽じゃないぞ。オスカルは湖の中で動かずにいたが左肩が変に下がっている。おかしい。早く行かなければ。
「大丈夫か、オスカル。何に引っかかったんだ?」
「分からない」
 水の中からオスカルが手を出した。俺のいる位置はそんなに深くはない。どうなっているのだ、何に引っかかったのだ。嫌な予感がした。俺はオスカルの手を取ると引っ張り上げようとした。次の瞬間俺は頭から水の中に落ち込んでいた。オスカルの笑い声が聞こえる。やったな!
「あはは、アンドレ、気持ちいいだろう」
「ひどいじゃないか! オスカル! 俺はこんな日に服のまま泳ぐほど酔狂じゃないぞ!」
「何言っている。昔はよく泳いだじゃないか」
 オスカルは水のなかにたゆたいながら俺を見た。水の中でブラウスが揺れる。先ほど体に張り付いていた布は今はオスカルの体にゆるやかにまとわりついていた。水はかなり冷たかった。でもオスカルは胸までつかり気持ち良さそうにしていた。
 水の精。ふとそう思った。昔話に聞いた湖にあらわれる水の精。その姿を見てしまった者は、美しさに魅せられた者は湖に引き込まれ溺れ死んでしまうという。
 俺も溺れかけたぞ。まったく何という水の精だ。美は極上だがやることが荒っぽい。
「アンドレ、こっちだ」
 オスカルが俺を誘う。水の精に逆らえる訳がない。
 オスカルの動きにしたがって布は表情を変える。オスカルの上半身が水から出れば胸や腕や背中に張りつき水に入ればゆるやかにまとわりつく。俺は水の中に立ったまま天使のようにはしゃぐオスカルを見ていた。午後の光がその頭上に金の輪を落とす。オスカルが動けば金の輪は光となって弾け飛び、オスカルが止まれば再びそこにやってくる。

 太陽が西に傾きようやくオスカルは水から上がった。今日は遠乗りの代わりにとんだ水遊びになった。水から上がったオスカルはなまめかしくて俺はまともにみられない。
「早く帰ろう風邪をひく」
 俺は動揺する心の内をオスカルに悟られないよう自ら気持ちを他の方へ向けた。
「こんな暑い日に風邪なんかひくもんか」
 オスカルは水を滴らせながら馬に乗った。
 帰る途中でオスカルが小さなくしゃみをした。振り向いた俺にお前はばつの悪そうな顔をした。可愛い。どんなにされてもお前は可愛い。

「ただいま、ばあや」
 屋敷に着くなり一番先に会ったのはおばあちゃんだった。悪い事は重なるもんだ。
「まあ! 何て事を! お嬢様!」
 おばあちゃんは持っていたリネンをオスカルに被せるとそれでオスカルをぐるぐる巻きにした。そして敵でも見るような目をして俺を睨みつけた。
「まったくお前は! 何て事をしてくれたんだい!」
 これはマロン・グラッセ、俺のおばあちゃん。オスカルのばあやでもあるが血が繋がっているのは俺の方だー!! オスカル、何か言え! 何とか言ってくれ!
 おばあちゃんはオスカルをひしと抱き締め、あいつは甘えたようにおばあちゃんの胸に頭を擦りつけていた。
 何て事だ、俺は悪くない、俺は止めた、俺は無実だ! 俺の叫びはいつも無視される。オスカルのわがままや無謀の犠牲になるのはいつも俺だ。
「まったく、世話の焼ける子だね、さっさと着替えておいで! さあ、お嬢様、早く着替えないとお風邪をお召しになります」
 女二人にかなうわけないさ。


 その晩オスカルが俺の部屋へ来た。
「アンドレ、いるか?」
 声をひそめお忍びのようだ。
「いるよ」
 俺の声に扉が細めに開きオスカルが顔を出した。
「入ってもいいか?」
「ああ」
 オスカルは後ろを振り返ると滑り込むように部屋へ入ってきた。すっかり乾ききって薔薇色になっている。
「アンドレ、今日は悪かった」
「いいさ、べつに」
「怒っているか? 私が水に引き入れた事」
「そんな事怒っていないさ」
「これからはもうお前に迷惑はかけない」
 オスカル、その言葉は前にも聞いたぞ。
「お前まで濡らして悪かったと思っている」
「そんな事はどうでもいいのだけれど、ただ…」
「ただ?」
「俺が止めろと言ったら十回に一回でいいから聞いて欲しいんだ」
「分かった、これからそうする」
 これも前に聞いたな。
「今日ここに来た事ばあやには内緒だぞ。今日はもうアンドレに会ってはいけないと言われた」
「分かっている。俺だっておばあちゃんにヤキ入れられるのはごめんだ」
「でも楽しかったなアンドレ。私はあの湖が大好きなんだ。あの時間があそこは一番きれいなんだぞ」
「そうだな。今日はまた一段とっ!いい眺めだった」
「ふふ、そうだな」
 オスカル、分かってんのか! お前は女で俺は男だ。そしてお前は男がどんなものかまるで分かっていない! そうやってお前の女の部分を見せつけられると俺は苦しくてたまらないのだよ。オスカルお前はどんどん美しく女らしくなっていく。俺は側にいて時々とても辛くなる。俺が辛い時は頼むからオスカル、お前の柔らかい魅力を俺にぶつけないでくれ。今日のはかなり痛かったぞ。こんな事が続いたら俺はどうかなってしまう。まともでいられる自信がないぞ。
「じゃあ、おやすみ。今夜はよく眠れそうだよ」
「ああ」
 オスカルは来た時と同じようにこっそり帰っていった。オスカルが出て行ってしまうと俺はベットにつっぷした。
 よく眠れそうだと?! 冗談じゃない! こっちは一晩中眠れそうもないよ。お前はなんて意地が悪いんだ。こんな所まで来て俺を翻弄しなくてもいいだろうに。熱い、熱が出てきた。あいつのお陰だ、くそ。俺は病気だ、病気なんだ。一生治らない病気なんだ〜!



Fin





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