2003 4/13

囚われ人〜封印〜




白く細い首筋に
一筋の赤い、甘やかな香りを放つ果汁が、
滴り滑り落ちる。


艶やかな色香を、
君が、初めて放ったあの日。
僕は、君が、紛れも無い女性なのだと確認する。
眩しくて、息が苦しくなる。
君を、直視できない。
胸苦しい思い。


無意識に、君が放った妖艶さ。
其れを僕が、気が付いたと、君に言うのは、

"ボクガ、キミヲ、オンナノコダトイウノハ…"

とてもいけない事じゃないかと
僕は封印をした。

僕だけが知っている、
艶やかな(あでやかな)君の姿。





あの日の出来事は、僕の宝物だった。
でも、僕は、君に会えないでいる自分を、
抱え込んでいた。


会いに行けば、会えない距離ではないのに。
今は、もう、同じ空の下、同じ国に住んでいるのに。

その一歩が踏み出せないでいる。

あの時の神聖さを、壊してしまいそうで、
君と会わなくなってから、時間が経ちすぎていて、
僕は、君に会いに行くことが出来なかった。

君を思い浮かべるとき、
僕の凪いだ心の波が、ざわめく。
其れは、時に大きなうねりと為り
僕の日常とは別の、何かを予感させる。
僕が今の僕で無くなるかもしれない。

僕は、其れがどこか怖くて、
君に触れる。

君とは違う、同じ瞳の色の君。
君とは違う、同じ金色の髪の君。

僕が、君を愛しく想い、其の腕に抱く時、
そっと黄金の髪にくちづけをする。



最初、出会った時、
君がソワレを着て其処に立っているのかと思った。

でも、君は、君じゃない。

君は、僕と同じ、魂を持つ者。
君の香りは、彼女とは違うけど、

僕は君をずっと探していた。

ようやく、見つけた、
一輪の花。

フロランス…。

君を幸せにしたかった。

なのに…

あんなに幸せそうに、
傍らで、微笑を浮かべていたのに。
君は、心に闇を抱え込み、
微笑を忘れた。


全ては僕の、罪。
僕が、封印を解いてしまったから。

僕は、一歩も、動けないでいる。
僕は、彼女に囚われてしまったから。

君に対する愛を失ったわけではない。
君を愛している其の気持ちには、変わりはない。
だけど、僕にとっては、彼女は、ずっと運命だった。

君が、僕の愛を疑い、
一輪の花が、まるで萎れる様に
君が、闇に落ちていくのが見える。
僕は、君を助けたくて、仕方が無いのに、
差し伸べた手が、空を切る。
君に触れる事さえ出来ないでいる。

彼女に、魅せられているから。
彼女の極上の美に、囚われているのだ。

彼女から逃れる事は、もはや出来ないかもしれないと、
いつ、朽ち果ててしまうかも知れない君に、
その儚さに心を痛めながらも、
僕は、彼女に逢いに行く。



なんて、僕は、
愚かな、卑怯者なのだ。
僕は、彼女を踏みつけている。
僕の足元に、僕の裏切りを非難する君が見える。

その癖、彼女を労わる振りをするのだ。

其れは、彼女にとって、酷い仕打ち。
君の心が閉ざされてしまったのが、
手に取るように解かってしまう。

しかし、君を心配する気持ちも本当なのだ。
相反し、引き裂かれる僕の心。

僕はいつか裁かれるだろう。


遣る瀬無い気持ちを抱え、それでも僕は、君に会いに行く。

フロランスの叫び声を、背中に聞きながら。
何故こうも、彼女に会いたいのか
己の愚かさを呪いながら、
彼女の安否を気遣い、
僕は、雨の中を走る。


君が無事に帰ってきた事を
如何しても確かめたくて。

君のその顔(かんばせ)にひと目逢いたくて、
僕の心は、君に向かうのだ。






囚われ人アルベールを真織様が描いてくださいました。
心に秘めた封印を解いてしまった彼。

自分自身の中の二つの愛に引き裂かれる心。
人間の心は、割りきれない、計り知れない…

気づかないだけで至福と奈落は背中合わせ。
解かれた封印。
運命は女神か悪魔か…


リクエストに応えて書いてくださいました。
運命に翻弄され葛藤する心が切ない。
真織様ありがとうございました。


























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