2002 7/17

陽  炎




 すんでのところでオスカルが決闘をするところだった。パリでド・ゲメネ公爵が子供を撃ち殺した事をオスカルがあばいたのだ。ド・ゲメネ公爵は子供の命など何とも思っていないだろう。だが侮辱された公爵が黙っている訳が無い。決闘を申し込まれてオスカルは嬉しそうだった。パリで見た凄惨な現場を思い出すにつれオスカルの怒りが込み上げる。あの時の溜飲を下げようとでもいうのか。あの場からオスカルを連れ出すのは容易な事ではなかった。目の前で起こった理不尽極まりない出来事に何も出来ない苛立ちがオスカルの怒りに拍車をかける。
 決闘が何かを解決する訳ではない。オスカルにもそれは分かっているはずだ。アントワネット様の機転で決闘は避けられた。たとえオスカルが勝っても公爵家相手にどんな事になるか予想できないし、オスカルが死ぬ事だってあり得るのだ。とにかくほっとした。

 宮廷から謹慎処分を受けたオスカルはアラスの領地を視察すると言い出した。旦那様の留守中にだ。
あいつは一度言い出したら後には引かない。困った事になったが決闘よりはましだろう。我々は出発した。

 馬を並べアラスへの道のりをオスカルと歩いていると謹慎の事も決闘の事も忘れてしまう。この辺はとてもきれいだ。森を抜けると湖があって、その先は一面の花畑になっているはずだ。幼い頃旦那様に連れられてオスカルと何度か来た事がある。でも今回は二人だけだ。謹慎中なのにアラス行きをオスカルに告げられたときは驚いたが、来てみると悪くない。決闘騒ぎで緊張していた心がほぐれるようだ。お前は陰謀渦巻くベルサイユより自然の中が似合っている。俺が笑い声をたてたのでオスカルがこちらを見た。
「どうした、アンドレ」
「いや、なんでもない」
オスカルは横目で俺を見ただけで真っ直ぐ顔を前に向けた。怒っているのか? それもいい。お前は怒るとますます美しくなる。俺の方こそ不謹慎だが、お前が燃え立つように怒るのを見るのが好きだ。氷の美貌の内側に紅い点がともり、それが広がり光源となりお前の肌を輝かせる。血のめぐるさま、命のほとばしりが見て取れる。お前は子供の時からそうだった。こんな事を思い出す。


 両親を亡くした俺がジャルジェ家に引き取られていくらも経たない時だった。俺は母を亡くした悲しみと新しい家で暮らす緊張で疲弊しきっていた。ジャルジェ家は俺には大きすぎた。別世界のようなここで俺はどうしたらいいのだ。すっかり打ちのめされた俺をジャルジェ家の人達は優しく迎えてくれた。まるで家族のように。俺はここに居場所を見つけた。旦那様や奥様はもちろんジャルジェ家の誰もが暖かかった。
 そして俺の一番の理解者で支えになったオスカル。俺の仕事は末のお嬢様の遊び相手兼護衛だったが、初めて見たオスカルはどう見ても男の子だった。護衛などいらない位あいつは強かった。ここに着くなり俺はあいつにめちゃくちゃにやられたんだ。でもオスカルは俺が気に入ったようだった。俺もオスカルが好きになった。
 俺はおばあちゃんに言われた通り、楽しく過ごすよう努めた。
「アンドレ、お前が悲しかったり寂しかったりすると天国のお母さんがとても悲しむよ。お前が楽しいとお母さんも楽しいのさ。分かったかい? 毎日お祈りしてお母さんに楽しかったことを教えてあげるんだよ」
 俺は毎日寝る前に窓を開け空を見て、母さんに楽しかったことを話して聞かせた。それは毎日少しづつ増えていった。オスカルといると辛い事や悲しい事は皆忘れた。人は俺をかわいそうと言うかもしれない。父も母もいない身無し子と。でも俺はそうは思わない。父や母の事は残念だとは思う。でも人はいつか神に召される。父も母も神様の元で幸せなのだから何も心配する事はない。父も母も一緒に居るのだから。
 俺が若干八歳でこの様な考えに到達できたのはオスカルやジャルジェ家の人々のおかげだった。俺は一応使用人という立場になっていたが、そんなことは忘れるくらいオスカルとは対等だった。旦那様も奥様も姉君達も俺を家族として扱ってくれた。おばあちゃんもばあやという無くてはならない重鎮として大切にされていた。全くジャルジェ家は変わった家だった。オスカルの家は愛にあふれた俺の我が家になった。

 オスカルの友人が来ると俺はオスカルの遊び相手としてお客に紹介されたりもした。彼らは俺になんの興味も示さなかったが、夫人は俺をジャルジェ家の子供と言ってくれた。
 その日も二人の友人が遊びに来ていた。お客様にご挨拶するようにとの侍女の取り次ぎにオスカルはため息をつきつき立ち上がった。オスカルは友人が嫌いなのだろうか。楽しく遊んでいるのを見たことがない。もっとも訪ねて来る彼らは何をやりたいのか俺にも分からなかった。俺たちは手持ち無沙汰になるのが常だった。  
「娘のオスカル・フランソワです。こちらはアンドレ・グランディエ。オスカルの遊び相手ですの」
 奥様は俺とオスカルを並べてそう言った。
「オスカル・フランソワです」
 それでもオスカルは快活そうに手を差し出した。
 親子とはこんなに似るものなのか。その日のお客はどちらがどちらの子供であるか一目でわかるほどだった。デュボア伯爵のジェラール様とモルグ子爵のエルヴェ様だった。ジェラールは薄桃色をした太った少年で始終襟飾りをいじっていた。首は襟の中に埋まり顔が大きいせいか、髪の毛は少なく見えた。デュボア伯爵夫人は息子と同じ薄桃色の肌をした大柄な夫人だった。コルセットで胴を絞り上げていたが、あまり効果はないようだった。エルヴェは顔色の悪いほっそりとした小柄な少年で灰色の瞳をせわしなく動かしていた。エルヴェ子爵夫人はくすんだ顔色の痩せた婦人だった。
「まーあ、奥様存じておりますわよ。奥様が可哀想な身無し子をお引取りあそばした事は」
 デュボア伯夫人は太った胸の前に手を合わせて、感に堪えないという様に言った。
「本当になんてお優しい」
 エルヴェ子爵夫人は甲高いが抑揚の無い無機質な声で言った。
「ばあやの孫ですの。とても利発な子ですわ」
「まあ」
 奥様の言葉に二人の客人は顔を見合わせた。

 俺達は部屋を出るともうする事が無かった。オスカルが二人を庭に案内した。
「何して遊ぼうか」
 オスカルが言っても二人は何も答えなかった。この中ではオスカルが一番年下のようだった。ジェラールは大柄だったせいか二つ三つ年上に見えたが、エルヴェは俺と同じくらいか。
「馬にでも乗ろうか」
 オスカルが提案した。
「馬になんか乗りたくない」
 ジェラールが素気無くいった。
「じゃあ、二手に別れて戦あそびでもしようか」
「戦あそびなんかしたくない」
 沈黙が流れた。
「そうだオスカル、君の宝物を見せてくれないか?」
 ジェラールが言った。
「宝物?」
「そうさ、僕はパリで一番の細工師に作らせた馬と兵隊を五十騎くらい持っている。みんな金と銀でできているんだ」
 ジェラールが襟飾りをいじりながら得意そうに言った。
「うちには陶器で出来た馬と兵隊と城があるよ。僕の言う通りの形に作らせたんだ」
 エルヴェも負けじと言った。
「今度は有名な時計技師に動く兵隊を作らせようと思っている」
 ジェラールが付け加えた。彼は襟飾りをいじるついでに袖のほこりを払う事も忘れなかった。
「宝物」
 オスカルは考え込んだ。
「そうさ、何か持っているだろう」
 ジェラールがオスカルの顔を覗き込んだ。
「そうだ、誕生日に父上からもらったナイフがある」
 オスカルが顔を上げた。そのナイフなら俺も知っていた。この前のオスカルの誕生日に旦那様からオスカルに贈られたものだ。旦那様の父上から旦那様へ、代々ジャルジェ家の嫡男に受け継がれる守り刀だった。銀で出来ていて柄のところに大きなサファイアがはめ込まれている。細身で繊細な造りでありながら、鋭い切っ先を持っていた。はめ込まれたサファイアといい、オスカルにぴったりのナイフだった。
「持ってくる。待ってて」
 オスカルは屋敷の中へ駆け込んだ。ジェラールはオスカルの行った方を見ていたが、俺の方に向き直った。大きな柔らかそうな顔が近づいてきた。
「おい、こいつ貴族でもないのに貴族みたいな格好をしているな」
 ジェラールは俺の周りを回りながら、俺の頭の先から足の先までゆっくり見渡した。
「こいつオスカルの遊び相手なんて言ってたけれど、召使の子供なんだ。知ってるよ、馬小屋の掃除がこいつの本当の仕事さ」
 始終動かしていたエルヴェの瞳は落ち着き、勝ち誇ったように輝いた。
「ふーん、そういえば馬小屋のにおいがする」
 ジェラールが鼻を近づけてきた。
「下僕のくせに客間にまで顔を出して、図々しいやつだ」
 エルヴェが俺の肩を小突いた。
「こいつ、弱そうだぞ」
 彼は俺が手を出しそうにないという事がわかったらしく
「真っ黒な髪だ」
 俺の髪を引っ張った。俺が何もしなかったからかもう一回。
「厩番は厩番らしく馬小屋にいればいいんだ」
「僕達と遊ぼうなんておこがましいな」
「みっともないな、こいつ」
「この家の跡取は変わっているな、厩番と遊ぶのが好きらしい」
 ジェラールとエルヴェの高笑いが響き渡った。俺が何か言われるのは構わない。でもオスカルを侮辱するのは許せない。そう思った時だった。ジェラールの桃色の顔が目の前から吹っ飛んだ。何かを潰したような叫び声が上がって、ジェラールが地面に倒れた。
「アンドレを侮辱するやつは許さない!」
 オスカルがすごい形相で立っていた。エルヴェの方に向き直る。彼は自分から地面に座り込んだ。しかしオスカルは容赦しなかった。エルヴェの上にまたがるとその頬を思いっきり殴りつけた。一回、二回。
「ぎやぁあああ」
 エルヴェは気味の悪い声を上げた。
「やめろ、オスカル」
 オスカルはエルヴェの髪をむしっていた。止めなければ彼は丸坊主にされてしまう。
「た、助けてくれ」
 ジェラールが這いずりながら逃げようとした。
「待て!」
 オスカルがジェラールの尻を蹴飛ばした。反射的にジェラールは立ち上がり、逃げようとした。オスカルは彼の前に廻り込むとその襟元につかみかかった。
「アンドレにあやまれ!」
 自分より数段大きな相手だ。ジェラールは襟にくい込むオスカルの手を引き剥がした。そしてオスカルの顔を叩いた。だがオスカルは怯まなかった。
「アンドレにあやまれ!」
 なおもつかみかかる。ジェラールは苦しそうに息をしながら首を左右に振って逃れようとした。
「おい!」
 オスカルがナイフを取り出し、ジェラールの顔の前に突きつけた。ジェラールは青ざめおとなしくなった。
「これが僕の宝物だ! 切れ味を試してやろうか! いいか、自慢の襟飾りをズタズタにされたくなかったらもう二度とこの屋敷にくるな! わかったか!」
 ジェラールはがくがく首を振りながら、やっとの思いでオスカルから逃れた。エルヴェはジェラールがやられている間に逃げたようだ。
「大丈夫か、オスカル」
 俺は肩で息をしながら立っているオスカルに駆け寄った。止めようにも加勢しようにもあっという間だった。多分あいつらが弱すぎたんだろう。
「アンドレ」
 小さな手に銀の守り刀をしっかり握りしめ振り返ったお前。その時の、お前の顔を忘れない。目を大きく見開き、唇を跡がつくくらいかたく噛み締め、頬を上気させていた。蒼い瞳は妖しいくらいにきらめき、唇は血のように紅かった。薔薇色に染まった肌から立ち昇る陽炎さえ見えたほどだ。俺は今起きたことも忘れてオスカルの美しさに見惚れた。見開かれた瞳に涙がもりあがってくる。涙がこぼれ落ちるのもかまわずオスカルは目を見開いたままだった。俺は滑るように頬を落ちてゆく小さな雫を見つめた。それは次から次へと蒼い瞳から生みだされ、一瞬一瞬輝きながら、すべらかな頬をつたっていった。多分これが最初だったと思う。オスカルの美しさに打たれたのは。それは文字通り打たれたと言ってよい。俺の感覚のすべてはオスカルの美しさを感じるだけで、他のものが入る余地はなかった。ここがどこかも忘れた。
「アンドレ、僕は絶対あいつらを許さない」
 オスカルの声に俺は我に返った。大変な事になった。客人をあんなにこてんぱんにしてしまって、一体オスカルはどうなるのだろう。旦那様は優しい方だが厳しい方でもある。オスカルには特に厳しかった。それはどんなにオスカルが小さくても関係なかった。しかも今度は俺のことが原因だ。俺は何故この事態を避ける事が出来なかったのか後悔した。
「オスカル、ごめん。僕のせいで」
 オスカルの瞳にまた違った怒りが上がってきた。
「アンドレ、お前あんな事言われて何とも思わないのか? 悔しくはないのか?!」
「なんだそんな事か」
 俺は少し安心した。
「オスカル、僕は何とも思わないよ。あいつらに何を言われたって全然平気さ」
「あいつらはお前を厩番と言って馬鹿にした」
「馬の世話は僕の仕事だし、僕はそれが嫌じゃない」
「アンドレ! おまえがそんなに情けない奴だとは思わなかった!」
 オスカルは俺が伸ばした手を邪険に振り払った。俺は両手を腰に当て顔を上にそらして言った。
「僕はあいつらが偉いとも立派とも思わないし、そんな奴らに何言われたって平気さ。オスカル、僕が大事に思っているのはオスカルだ。オスカルが僕を好きでさえいてくれれば僕はそれでいい。あいつらは僕にとって石ころみたいなものさ。石ころに何言われたって悔しくないだろ」
 オスカルは口をかたく引き結ぶと顔を上げ、頬を紅潮させたまま屋敷の方へ歩いていった。屋敷の中は何やら異様な喧騒に満ちていたが、オスカルはそれを無視して自分の部屋に入ってしまった。俺も一緒に入ろうとしたが鼻先で扉は閉じられた。

 夜、案の定オスカルは旦那様の部屋に呼ばれた。俺は気になって廊下の端から部屋の様子を窺っていた。部屋の中はしんとしている。何の音も聞こえない。でも俺はいつ怒鳴り声が聞こえ、旦那様がオスカルを叩く音が聞こえるのではないかとハラハラした。やがて扉が開きオ、スカルが一人で出て来た。俺はオスカルに駆け寄った。オスカルは頬を腫らしてはいなかったが、目に涙を一杯ためていた。俺を認めると先のように流れるものをそのままにせず、今度は隠すように拭った。
「大丈夫か」
 オスカルは俺には何も答えずに部屋の中へ消えた。俺も部屋へ戻ったが、オスカルの事がどうしても気になった。旦那様の部屋から出て来たオスカルは先ほどの怒りは陰を潜め意気消沈していた。殴られなかったとはいえ、そうとう厳しくやられたらしい。俺はいてもたってもいられなくなった。もう一度オスカルの部屋の前に行く。ノックをすると中から返事が聞こえた。
「僕だよ」
 オスカルが扉を開けにきた。
「入ってもいい?」
「うん」
 オスカルは素直に招き入れてくれた。
「寝るところだった?」
「いや」
 オスカルはすっかりおとなしくなっていた。旦那様に何と言われたのだろう。あのナイフは取り上げられなかっただろうか。
「オスカル、ごめん、謝りにきたんだ」
「何でおまえが謝るんだ、悪くもないのに」
「でも僕のせいで喧嘩になったのだから」
「アンドレ、今日僕は父上から戦わずして勝つという事を教わったんだ。アンドレお前は本当の意味で強いんだ」
「そんな事はないけど」
 オスカルの言っている意味は俺にはよく分からなかった。ただオスカルが納得していればいい。オスカルの瞳は静かに澄んでいた。お前の気持ちはその瞳に現われる。大丈夫だな? お前の心に何かわだかまりがあってはいけないと思ったが。
「良かった、顔を見たら安心したよ、おやすみ」
 俺は部屋を出て行こうとした。その時オスカルは素早く駆け寄ると、俺の体に両腕を回してしっかりと抱きしめた。
「好きだよ、アンドレ」
 小さなお前の腕が俺の両の腕ごと体を締めつけた。目の前にお前の金の髪。お前が顔を上げる。
「僕はアンドレがいれば友達なんか要らない」
 蒼い瞳はまた違った色をしていた。オスカルは両腕をそっと離した。
「でも僕はこれからもお前を侮辱する奴は絶対に許さない。アンドレ、もっと剣の稽古を増やそう」
「わかった」
 俺はオスカルの気持ちが嬉しかった。
「オスカル、わかってほしいんだけれど、僕はオスカルやこの家の為に働く事は嫌ではないんだ。いつかは何でも出来るようになりたいんだ」
 それは俺の自負だった。仕事を与えられそれをやり遂げる。だだの厄介者ではなくこの家にとって無くてはならない人間になるのだ。
「うん、わかっている」
 もう一度オスカルは俺のところへ来て、胸に顔を擦りつけてきた。

 
 あれからもう十年以上経つ。時が経てば、大人になれば、子供の時と世界が変わるのは当然だ。幼い頃はそう気にもならなかった身分というものが、大きな意味を持って立ちはだかってくるのがわかる。俺とオスカルの間を隔てる超えられない壁。でも俺はまだいい。オスカルが抱えている超えられない壁に比べたらたいした事はない。俺はオスカルの剣が変わった時を知っている。あれはあいつが士官学校に入ってしばらく経った頃だった。今までのように力で押してくるという事が無くなり、俊敏さと瞬発力を武器とするようになっていった。ためられた力は一瞬のうちに発揮され鮮やかに勝負が決まる。人々は、将軍さえもオスカルが腕を上げたのだと思った事だろう。だが俺は知っている。あいつの剣が変わった本当の理由を。毎日あわせていれば当然だ。あいつは血の滲むような努力をしてそれを手に入れた。女の身でありながら男として生きる。それがどんなに苛酷なことかオスカルの剣から俺は知った。


「アンドレ、どうした。さっきから一人でにやついたりしかめっ面したり」
 馬上のお前は見事な姿勢だ。俺はまたお前に見とれる。
「どうした、言えないのか?」
「うん。これは俺だけの大切な思い出だ」
「なんだそれは。どんな思い出だ。私の知っていることか?」
「さあ、どうだろうか。知っている事も知らない事もあるだろうな」
「何なんだ」
 前だけ向いていたオスカルの顔がこちらに向いた。いいぞ、いい表情だ。俺はオスカルの表情見たさに翻弄してやる事がある。あいつは単純だからすぐのってくる。オスカル、お前の感情はその瞳に端的に現われる。喜びも悲しみも怒りも。お前の素直でみずみずしい感情を映す時、その瞳は一層濃く深く輝く。お前が美しいのはその贅沢な感情のお陰だ。
「そうだな。アラスに着いたら教えてやるよ」
「よし、約束だぞ。そうと決まったら急ごう、アンドレ」
 オスカルは馬を駆った。



Fin








































  
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