2002 10/12
挿絵 市川笙子さま

初恋 番外編

−フローラの場合−




「ジャルジェ家から戻ってからフローラの様子おかしくない?」
「お姉様もお気づきになって? あの子ずっとあんな調子よ」
「初めて行った舞踏会でオスカル様にあんなことされてはおかしくなるのも当然だわ」
「あの子あれが社交界のデビューだったのにね」
「そうよ、おとなしくて引っ込み思案でいつまでたっても社交界に出たがらなかったわ」
「それがジャルジェ家の舞踏会には行きたいと」
「誰だってジャルジェ家の舞踏会には出たいわよ。あの子オスカル様のこと知ってたのかしら」
「お姉様が毎日噂をしていれば知らない訳はございませんわ」
「まあ! でもオスカル様もひどい方だわ。よりによってデビューしたての小娘を選ぶことなどないでしょうよ。私だってあそこにいたのだから」
「お姉様、何かおっしゃって?」
「いいえ」
「お姉様そんなに扇であおがないでくださいな。髪がバラバラになってよ」
「私はフローラが可哀想でならないのよ。あの子いつもぼうっとした目をしてうつろにしていない?」
「ええ」
「この間など私が部屋に入っても気がつかないのよ。後ろに立って見てたのだけれど宙を見つめたまま動かないのよ。私が前に回っても気づかないのよ。だから私あの子の前に顔を突き出してやったの。そうしたらやっと気づいて赤い顔して『お姉様』ですって」
「私が見た時は一人でダンスをしていたわ。口ずさんでいるのはあの曲。手をこうやってあげて、うっとりしながら踊っていたわ」
「まあ」
「それから泣いている時もあったわ。何故かはわからないのだけれど、一人で部屋でいつまでも泣いていたわ。訳を聞いても何も言わないの」
「まあ、そんなことがあったあなんて。私は知らなかったわ。心配だわ」
「大丈夫よ、お姉様。あの位の年頃にはよくある話だわ」
「フローラはあなたみたいにしっかりしていないから心配なのよ。オスカル様も罪作りだわ、一体ご自分が何をしていらっしゃるかお分かりになっているのかしら。一人の乙女の一生を台無しにしたかもしれないのよ!」
「そんな大袈裟な」
「私オスカル様に言ってやりたいわ。家の妹をどうしてくれるのですかって」
「無理よ。オスカル様の方がずっと上手よ、お姉様もきっと同じようになって帰っていらっしゃるわ」
「…」
「フローラはいつも唇をさわっているわ。何かを思い出すように」
「リゼット!」
「お姉様、扇をそんなに動かさないでも風はもう充分ですわ」
「オスカル様、あの子になんと言ったのかしら」
「お静かに、お姉様」
「あなたは聞こえた?」
「いいえ。でもあの子が泣いている時に聞いてみた事がありますわ」
「で、なんて?」
「いいえ、なんにも」
「ま、思わせぶりね」
「お姉様、扇!」
「ああ、あの時のことを思い出すと私おかしくなりそうなのよ」
「分かるわ。とても妙な舞踏会でしたものね。見たこともないような方も大勢お見えになっていらしたわ」
「そんな事ではなくて」
「分かっていますわ、オスカル様のことでしょ。王妃様以外の方とはダンスなどなさらなかったオスカル様が何曲も何曲も踊りになったのよ。私だって驚きましたわ。そしてそのお相手に私たちの妹が選ばれたのだわ」

「そうね」
「フローラは引っ込み思案だけれどとても優しい子だわ。きっとオスカル様はそれがお分かりになったのよ」
「私には手当たり次第にみえたけれど」
「後にも先にももうこんな事はないでしょう。あの時の何人かの令嬢達と王妃様だけですわ、オスカル様の手を知っているのは。そして唇を知っているのは… 痛い! お姉様、扇とはそのようにお使いになるものではありませんわ」
「リゼット! もうあなたって子は」
「オスカル様はあの子をしっかりと抱きしめて」
「そうだったかしら?」
「そうよ、肩をしっかり抱いていらしたわ。お姉様、もうさっきからバタバタと。扇はもっとゆっくりと揺らせるものですわ」
「私の扇などどうなったってかまうものですか」
「エリックはがっかりしていたわ」
「可哀想に。あの二人将来は結婚するのだと言っていなかった?」
「それはエリックのほうよ。フローラはなんとも思っていないわ」
「そうだったの」
「せっかくデビューにエスコート役が出来るとはりきってたのに。エリックは形無しだわ」
「オスカル様が相手ではどうしようもないわね。ではこれがあの子の初恋かしら」
「多分ね。完全に恋をしているわ、フローラは」
「リゼット、あの子こっちの世界に戻ってこられるかしら」
「大丈夫よ、お姉様。初恋なんてはしかみたいなものよ」
「はしかで死ぬ子もいるわ。あの子デビューが遅かったし奥手だから心配なのよ」
「お姉様はご結婚が遅そうですわ」
「どうぞご心配なく」
「では私が先に行かせていただきますわ。セヴィニエ家の美人三姉妹と言われた私達の中でもイヴォンヌお姉様が一番お美しいのに、選り好みなさるからですわ」
「お説教かしら? それともお世辞使ってどうかするつもり?」
「いいえ、そんなつもりはありませんわ。でも、あの時オスカル様と踊った令嬢方皆お綺麗だったわ。素晴らしく綺麗に見えたわ。恥ずかしそうでそれでいて嬉しそうで輝いていらしたわ。もちろん私達の小さな妹も。不思議な方ね、オスカル様って」
「そうね。でももうほとんどベルサイユ宮ではお見かけしないわね、衛兵隊にお移りになってからは… どうしていらっしゃるか…」
「ずっとベルサイユにいらっしゃるわよ」
「そうね…」
「お姉様、フローラの事よりお姉様自身の事を心配なさった方がよろしいようよ」
「そうね…」
「あら、どうしましょう、お姉様の扇、要がはずれてしまっているわ」



Fin
































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